リマインダーの必要性を感じ、週末を待たずにiOS 5に上げました。
全体的に動作が軽くなった気はします。また、私がMW600を購入したiOS4.3.xの頃は封印されていたようですが、一時期対応していたはずのAVRCP(1.3以降)が再び動作したようで、曲名がばっちり表示されました。
お待ちかね、メール(等)の着信音は拡張子m4rのAACでした。ですので最大30秒制限はあるのかもしれませんが、さすがにメール着信音は数秒で済むでしょう。
これで混雑中で着信しても自分のメールだとわかるようになります。
現職で仕事としてMacBookを使い始めるまで、その後個人でiPodやiPhoneを使い始めるまで、Apple文化を傍目にしか見ていなかったので、今でいうClassic Macの時代の話は直接の経験がほとんどありません。
ですのでMac OS X以降しかわかりませんが、UIへの執念は常に意識させられてきました。オシャレさという外側のAppleにはあまり関心がありませんでしたが、内側のAppleが目指している道は、人間のためのUIの、最先端を示す一つの形であり続けています。
AppleのUIが見た目だけでなく時間軸も織り込んだものだと教えられたのは、2008年のWWDCに参加した時でした。まだCocoaの知識も皆無でしたが、この頃からApple文化というものを意識するようになりました。
そのAppleの創業者の一人、今では魔法使いウォズを差し置いて最大のカリスマとして君臨してきたスティーブ・ジョブズ氏が亡くなりました。
いくつかのニュースサイトが少し前から業績を振り返る記事を書いていましたが、縁起でもないと思いつつも、近いのかなと心の片隅で感じていました。
メディア露出に積極的なあのジョブズ氏が、引退の時に会見の一つも開か(け)なかったというのが、全てを表していたでしょうか。壇上でティム・クック氏と握手でもして、世代交代のセレモニーでも開くのが想像に難くなかったのですが。
CEOを引退してひと月半、享年56。早すぎますが、常人に万倍する業績を挙げたと確信します。願わくばAppleが今後もあんなAppleであり続けますように。
夢の国といったらディズニーランドを連想するのが普通でしょうが、ラヴクラフト的にはランドルフ・カーターらが活躍する舞台です。
その最長編「未知なるカダスに夢を求めて」に登場する夜鬼(ナイトゴーント)やシャンタク鳥が「這い寄れニャル子さん」に出ていますが、実は私、読んでいませんでした。
というか食屍鬼としてのピックマンもこっちなのですね。「ピックマンのモデル」の頃はまだ人間でしたし、ガグも出てくるこちらでないとピックランドは理解できません。
どうも最初にクトゥルーとして一連の作品に興味を持ったため、青心社「クトゥルー」に当時(11巻まで刊行)未収録だったので見逃したようなのです。その後13巻に収録されたのですね。
最近になって、同時期に買っていながらあまり読んでいなかった創元推理文庫「ラヴクラフト全集」で読んで感動したところ。
ランドルフ・カーターといえば、ラヴクラフトの分身と言われる人物の末路が「銀の鍵の門を超えて」のあれというのは、割り切っているのか破滅的なのか。
ハッピーエンドなんぞあり得ない世界を描く人ですから、宇宙的な知識を地球に持って帰るなど夢の世界以外ではあり得ず、妥当な結末ではありますが。
夢の国には「先輩」と呼べる人もいましたから、カーターも今はズカウバから離れヤディスから戻り、夢の国で暮らしているのかもしれません。
這いニャル8巻は来月発売です。残業が続くと通勤電車はラノベでも読まないとやっていられません。待ち遠しいです。
スピーカーのためだけに選んだLCD-40MDR1の3D機能を試してみようと、ラプンツェル3Dを借りてみました。
...正直なところ、感動というほどではありませんでした。ベゼルの内側に箱庭が広がっているだけで、噂に聞く通り飛び出しては来ないのです。恐らく視界を覆えるほどでないと、違和感なく手前に飛び出すことができないのでしょう。
それに加えて、私のように頭が大きい上にメガネの人には、3Dメガネの着用が困難を伴います。90分も着けるのは苦痛です。
そもそも珍妙なメガネを着けて一家団欒もないだろう、という根本的な疑問もあります。映画館やシアタールームの独立した空間や時間の中では許されても、日常の一部から外れられない普通の家庭ではダメなのです。
メガネに関しては視点を制限できる携帯機器なら裸眼も可能ですが、手前に飛び出さない点は変わりません。任天堂3DSの不振の理由も一部はこれではないかと思います。
アバターのPanasonic独占が一部で批判されていますが、それ以前の問題でしょう。ラプンツェルは下の年齢を問わない点でアバター以上のコンテンツですが、テレビでの3D自体がどうなのか...。
プロジェクタなら視界を覆える面積を実現できますが、BD 3Dがテレビの「箱庭」前提の規格になっていないか心配です。もしそうなら、どんなホームシアターでも劇場の感動を家庭に持ち込めないことになってしまいます。今後の足かせにならないことを祈るばかりです。
小さな装置であるテレビに3Dは無謀だったかな、と感じざるを得ませんでした。
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