NASAの発表はリンの代わりにヒ素で活動できる生命の存在でした。ハロモナス類のGFAJ-1株と名付けられています。このハロモナスは重金属好きがいる類でもありますね。
周期表は縦一列を似た性質があると教えています。しかしそれは化合する際の話であって、二酸化炭素とシリカが似ても似つかないように、重さが変われば分子の特性も変わります。
ヒ素は周期表でリンの一周期違いですが、地球上の生命には例外なく確実に毒だと考えられてきました。例えば原油の中で活動する細菌は、ちょっと分解する特技があるだけで、最終的にしていることは同じです。ところがこのバクテリアは、その「最終的」に特技を持ってしまいました。
リンはDNAの構成元素の一つです。DNA=デオキシリボ核酸。核酸の中にリン酸エステルがあります。或いは、DNAの複製開始の信号だったりもします。これがヒ素だと大抵の環境では機能しません。それほど根幹に関わっています。
GFAJ-1自体はまぎれもなく地球上で発生したものですが、これの存在はNASAに影響するのです。地球上の生命であってさえ、これほど変異して生存できるならば、地球外生命の可能性をもっと柔軟に考えなければならないからです。つまり、生命がいそうな天体がずっと多いことになります。
上の例えだと、地球の常温常圧で二酸化炭素は気体ですが、シリカ(二酸化硅素)は固体です。シリカが気体になるには、遥かに高温高圧が必要でしょう。逆に言えば、高温高圧環境には珪素生物がいるかもしれない、ということになるのです
そんな環境の生命は我々と共存できませんが、それでも生命には違いありません。150億光年の中にたった一つの緑の星、そんな想像を絶する荒涼とした無の世界ではないのかもしれない、その可能性が飛躍的に上がったのです。
もっとも、太陽系惑星にいなければ最も近くて4光年の話ですから、日常の感覚で言えば地球生命が孤独なことに変わりはないのですが、宇宙だからにゃ、ということで。
「アインシュタイン・ロマン」を見返しています。晩年のミヒャエル・エンデが司会を務めたあの怪作です。
不確定性原理の説明が「だるまさんが転んだ」とか、並の発想ではありません。確かにとても説得力がありますが、難解なものをテレビ番組にする企てのため、どれほど議論が重ねられ、次々とアイデアが出されては捨てられたか、伺えようというものです。
今になってようやく気付いたのですが、アインシュタインが特別視したのは光ではなく、光速だったのですね。最も速い、最も捉えにくい現象。その神秘性の中にある速度に、この世界の鍵があると考えたのでしょう。
この世界で最も速い一つの現象が絶対なのではなく、光の速さで世界が成り立っているから絶対、という逆の視点です。だからこそ光速度普遍を信じ、空間が歪むと考えるに至ったのです。
その光速、なんと17世紀には秒速約22万kmだとオーレ・レーマーにより計算されていたそうな。ケプラーやガリレイの没後半世紀足らずの話で、天文学が発展していった時代ですね。木星の衛星の観測により推定した数字で、日常世界では一瞬で到達すると認識されている光ですら、速度があると証明したことは、非常に大きな成果だったでしょう。
それから20世紀になり、時間が変化するとわかり、空間すら歪むとわかり、ありのままが観測できないとわかり、次は何が否定されるのか。科学であれ非科学であれ、発見は常識の殻の中にあるのですね。
ネット上ではレアアースの話題が出る度にレイアースの話題をしようとするアホがいるようです。私もその一人ですが(ぇ
口語として日本語で言っても伝わりにくいとは思うのですが、せっかく理科の教科書が周期表に「希土類」と書いているのですから、そう言ってくれれば身近に感じられると思います。
どうせカタカナ語で言っても大半の人にわからない、謎の名前にすぎないのですから、それならわかる人が少し増える呼称を活用してはもらえないでしょうか。
「指針・ガイドライン」とは言ってくれるのに「希土類・レアアース」とは呼んでくれない不思議。
MeeGoはLinuxの携帯機器向け実装の一つですが、これの英語Wikipediaを見ると、下の方に"See also Mi-go"とあるのですね。
Mi-go(ミ=ゴ)とはクトゥルー神話に登場する生物で、黯黒星ユゴスに生息するとされています。
クトゥルー好きは"MeeGo"を見た瞬間に、洋の東西を問わずミ=ゴを連想したのです。現ローマ法王ベネディクト16世を見て、シスの暗黒卿を連想したのと同じ次元の反応でした。
ユーモアは大切だと思うのですよ。日本語Wikipediaは日本人の悪いところが結晶しているのではないでしょうか。
ホワイトの三たびの延期により、今度こそ予定通りだとしても、手に入る頃には来年モデルが視野に入る時期になってしまいました。
ということで、観念して820Pから機種変更しました。
コミュニケーションツールというものを軽視していましたですよ。
WX310Kから820Pにした段階で、車生活のため携帯でネットを使う機会もなく、かつ話し相手もメール相手も皆無となれば、最低限のものになるのは当然のことでしたが、電車になりまた家庭を持つと、低性能が足を引っ張るようになりました。
それでもWX310Kより速かったのですが、携帯打ちに慣れるに従い、お段や「っ」など、打鍵回数が多い文字の入力ミスが多発していました。ボタンを押してから表示が更新されるまでのタイムラグに惑わされ、1回余計に押してしまうのです。
ネット表示も操作に応答できるまでが遅く、携帯電話をおっくうに感じるようになっていました。腕時計の違和感さえ慣れられず懐中時計にしているような野生児なので、面倒なものは縁が遠くなり、820Pはカバンに放り込んだまま連絡が遅くなることも度々。
パソコンに親しみすぎていたことも原因の一つでしょう。こんな私がかつて、初代W-ZERO3を呆れるほど中毒的に身に付けることができたのも、ひとえにPC文化に属するデバイスだったからだと思います。
であれば、スマートフォンの一台持ちなら万事解決するだろうと踏んでいました。iPhoneへの機種変更は決定事項でしたが、ホワイトが手に入らないのでは、待つだけ無駄というものでしょう。
電話帳の移行、最低限の設定、特に日本語テンキーと絵文字の追加。とりあえず電話とメールは使えるようになりました。祝日付きのカレンダーとか、必要なものは週末にでも入れていくとしましょう。
820Pの総括としては、Bluetoothは良好、振動は弱め、UIは何カ所か疑問点があるもののシンプル、性能が低いので素早い操作は不可、文字が大きめで見やすい、というところでした。変換を押した直後に一つめの候補がハイライトされないので、つい矢印ボタンで二つめを確定してしまいがちでしたが、それ以外は完成度が高い端末だったと思います。
人生は単調に過ごすには長いのですね。楽しさを発見する努力をし続けるのも、必要なことだと結婚してから学びました。そのためも含めてiPhone生活が始まります。
会社の避難訓練で起震車が来ていたので、乗せてもらいました。設定は兵庫県南部地震。関東大震災以上と言われたあの、阪神淡路大震災の地震名がアナウンスされていました。
現代人が日常で体験できる一番大きい揺れが連続する感じでしょうか。それだけなら言語を絶するほどではありません。地方の特急が強く揺れた時ぐらい。多摩テックのカナディアンジェットライダーの横揺れよりは弱いです。
ただし、自宅などで遭遇するであろう状況とは、テーブルと椅子しかないことが違います。実際は照明が落ち、棚が倒れ、ガラス戸が割れ、壁に亀裂が入り、或いは天井が落ちるといったことが、しかも不意打ちで来るわけですから、混乱の度合いは段違いとなります。
しかし逆に言えば家屋自体が壊れない限り、落ちるもの・割れるものを極力減らしておけば、安穏とした我々でも対処可能かもしれない、ということになります。まあ、本棚が壁面を埋める私の自室は無理ですが(ぉ、それでも天井突っ張り棒は設置済みです。
不意打ち対策については、我が820Pも次に予定しているiPhone4も、緊急地震速報に対応していません。元々携帯電話はうっかり忘れるレベルでしか使っていないので、あっても無駄とも言いますが。公共の場所であれば放送があるでしょう。
しかし...緊急地震速報の専用受信機はあまり魅力的ではありません。業務用の高価なものの他は、アイリスオーヤマに一つ、それ以外では三洋のコードレス電話が一つのみ。どちらかというと、緊急警報放送に対応した松下のラジオの方が日常に入り込めそうです。テレビやラジオを日常的に付けている方が違和感がないでしょう。
次の関東大震災は私が生きている間にきっと起こるのでしょう。その時は家族が全員、生きていられますように。