「ヘルシング」元ネタ
平野耕太先生「ヘルシング」(少年画法社)の元ネタ調査の途中経過です。
校正前ですが、とりあえず置いておきます。


ヘルシング/Hellsing/タイトル他
ブラム・ストーカー(Bram (Abrahamの略記) Stoker、1847-1912、アイルランド)の小説「吸血鬼ドラキュラ(Dracula)」(1897年)で、ドラキュラ伯爵を倒す上で指導的役割を果たしたのがヴァン・ヘルシング教授(Dr. Abraham Van Helsing)。設定ではオランダ人となっている。綴りが微妙に違うのは、地獄で歌うといった意味を込めたものだろうか。
彼は医者であり、普通に当たり前な科学的視点の人物だったが、人生経験の中で非科学の要素を肯定するようになった。そして吸血鬼などの魔物への対抗手段を備えるようになる。別に悪魔祓い師でもない老医師で、知識と技術を示したが、若い四人がいてこそ戦えた。ジョナサン・ハーカー(Jonathan Harker)、アーサー・ホルムウッド(Arthur Holmwood)、キンシー・モリス(Quincey P. Morris)、ジャック・セワード(Dr. Jack Seward)。人間が力を合わせて人智を越えた魔物を倒す。これは英雄物語の基本であり、吸血鬼を主人公とする本作においても強く強く主張される共通したテーマである。
ところで8巻P.118にはジョナサン・ハーカーの名前がない。ルーシー・ウェステンラ(Lucy Westenra)に続く二人目のターゲット、ミナ・ハーカー(Mina Harker、旧姓マリーMurray)の夫ではあるのだが、ドラキュラ城で綴った日記以外にはストーリー上の役割が小さかったからだろうか。最終決戦にも参加しているのだが。

ドラキュラ/Dracula/8巻P.38
世界で最も有名な吸血鬼。「ドラクル」と「ドラキュリーナ」は1巻に出てくるが「ドラキュラ」は8巻が初出。あのコマのために引っ張っていたのだろう。
モデルはワラキア(Wallachia)地方の実在する君主、大公ヴラド三世(Vlad III Tepes、1431-1476)。ツェペシュとはオスマン帝国軍の捕虜を惨殺した際に付けられた「串刺し公」の二つ名。父はヴラド二世(Vlad II Dracul、1390?-1447)、神聖ローマ帝国のドラゴン騎士団に叙せられたことを誇りとし、竜の紋章を掲げたことからドラクルと呼ばれた。この父にちなみ三世はドラキュラ(竜の子)とも呼ばれる。
ワラキアは現在のルーマニアを構成する三つの地域のうちの一つで、残る二つがトランシルヴァニア(Transilvania)、モルダヴィア(Moldavia)。吸血鬼ドラキュラの居城はトランシルヴァニアなのでヴラドの本拠地と異なるが、ヴラド三世はトランシルヴァニアで生まれ、また武将としての力を蓄えたのもこの地であった。
この時代、オスマン帝国のイスラム教とヨーロッパ諸国のキリスト教の大きな対立構図があった他に、地域それぞれでも普通に勢力争いがあり、それは複雑な戦争模様であった。ワラキアの場合、隣国ハンガリーとも戦争状態にあった。
ヴラド二世はハンガリーに破れてオスマン帝国に亡命していた時代があり、後に決別するが次男と三男を人質として取られた。その次男がヴラド三世であり、8巻P.186から始まるアーカード幼少のシーンはこの人質の時期を描いているものと思われる。その後、自分を追い出したハンガリーと敢えて同盟を結び反オスマン帝国で攻勢をかけた。しかし同盟は長く続かず再びハンガリーに攻められ、逃亡するも地元の地方貴族に捕らえられ殺されてしまった。
ヴラド三世は最初オスマン帝国の後ろ盾でワラキア公となるが、ハンガリーの攻撃で追い出されてしまう。この後オスマン帝国、モルダヴィアを転々とし、最後はハンガリーへ亡命し、そこからようやくワラキア復帰。父を殺した地方貴族らを皆殺しにするなどして平定、内政にも力を入れ、オスマン帝国を撃退することにも成功(この中で捕虜の虐殺が行なわれた)。だが戦乱で疲弊したところをオスマン帝国陣営にいた弟(同じく人質だった三男ラドウ三世)に付け入れられ、地方貴族を取り込まれてしまい、ハンガリーに亡命するがあらぬ嫌疑で逮捕されてしまう。やがて再びワラキアに復帰しオスマン帝国を退けるが、父と同じく地方貴族の手にかかって殺されたと伝えられる(最期については諸説ある模様)。

吸血鬼について
「吸血鬼ドラキュラ」で示される特徴は

といったようなところになる。
また、ドラキュラ伯曰く、東欧の遊牧民フン族の王アッティラ(Attila、406?〜453)の末裔であるとのこと(創元推理文庫P.51)。
神聖なものが苦手という点に関して、吸血鬼伝説はキリスト教文化圏に限らない話で、純粋な民話に登場するものもあればイスラム教世界にもいる。イスラムの吸血鬼には十字架は効かないとまことしやかに言われるのだが、果たしてそうだろうか。その逆もまた。神に背を向けた不浄な生き物なのだから、元の信仰にかかわらず神の威光というもの全てに弱いのではなかろうか。

流れる川や海等を踏破する事が出来ない/3巻P.20
ややマイナーな吸血鬼の弱点の一つだが、「吸血鬼ドラキュラ」には「ゆるい水の流れや潮の流れの中もスイスイ通れる」とあり矛盾している(創元推理文庫P.356)。これは原文では"he can only pass running water at the slack or the flood of the tide."で、そのまま訳すと「流れる水の緩いところや潮の洪水を通れるだけ」となって妙なことになる。弱点を述べている文脈なので、onlyの意味合いに主眼を置くと、"at the slack"の繰り返しの省略と読めないこともない。だとすると「流れる水や潮流のゆるいところを通れるだけ」となり、知られる弱点に沿う形にできる。何にせよ、onlyが入っているのだから日本語訳の「スイスイ」という肯定的な意味付けは正しくないように思える。
この設定にもかかわらずドラキュラ伯はイギリスにやってきたが、その際、自分が普段眠っている箱を船(デメテル号)に積み込んでいた。これが3巻P.21の「クラシックだが良い手」のこと。何しろ自分が昔使った方法なのだから間違いない。こうしてセラスは棺に押し込められることとなった。

ドラキュリーナ/Draculina/1巻P.14
吸血姫女性の吸血鬼のことで、J・S・レ・ファニュ(Joseph Sheridan Le Fanu、1814-1873、アイルランド)の小説「吸血鬼カーミラ(Carmilla)」(1872年)が文学作品上の初出になるであろう。もちろん固有名詞であるドラキュラの語形変化なので、ドラキュラより古いカーミラのことをドラキュリーナと呼ぶのであれば不適当である。
「吸血鬼ドラキュラ」に出てくる三人組(ドラキュラの妻だとする映画もあるが、会話内容からしてもっと上下のある関係に見える…創元推理文庫P.66・84)もそうだが、サキュバス(女淫魔)が混ざっているのか女吸血鬼はとにかく性的イメージがあり、カーミラにもレズっぽいところがある。おかげで"draculina"で検索すると大量のアダルトサイトが引っかかってくれて素晴らしいことになる。

J.H.ブレナー/JH.Blenner/3巻P.27
ファンタジー作家にしてゲームブック作家、J・H・ブレナン(Jan Herbie Brennan、本名James Herbert Brennan、1940-、アイルランド)より。「ドラキュラ城の血闘(DRACULA'S CASTLE)」(1987年/翻訳又は日本語版1989年、二見書房)などがある。なお、この「ドラキュラ城の血闘」については、原作と日本語版とで別物らしい。

アーカード/Arucard(英語版ではAlucardの模様)/1巻冒頭以降
ドラキュラの逆綴り。DRACULA→ALUCARDでアルカード。さらに変化してARUCARDとなってアーカードと発音する。ALUCARDの初出はロバート・シオドマク(Robert Siodmak、1900-1973、アメリカ)監督の映画「夜の悪魔(SON OF DRACULA)」(1943年)。「吸血鬼ドラキュラ」では日本語版・原語版共にこうした偽名は使われていないが、代わりに「吸血鬼カーミラ」では「ミラーカ(Millarca)」というアナグラムな名前が登場している。

ハルコンネン/Harkonnen/2巻P.17
フランク・ハーバート(Frank Herbert、1920-1986、アメリカ)の小説「デューン(Dune)」(1965)の登場人物、ハルコンネン男爵(Baron Vladimir Harkonnen)。7巻P.116扉絵のハルコンネンIIではフルネームのウラディーミル・ハルコンネンとなっている。さらにファーストネームのウラディーミルは7巻P.130にて巨大弾頭の名前としても登場。

ハルコンネンの精/The Harkonnen spirit/3巻P.38
上記小説の映画化、デビッド・リンチ(David Lynch、1946-、アメリカ)監督「デューン砂の惑星(Dune)」(1984年、アメリカ)にてハルコンネン男爵を演じるケネス・マクミラン(Kenneth McMillan、1929-1989、スコットランド)の姿らしい。

ベイベロン/beiberon/1巻P.162
スペルはほぼ確定、フランス語。ただスラングなので意味は不明。台詞が正しければ英語のbitchのようなものだろう。

アンデルセン神父/Father Alexander Anderson/1巻P.91
名前については前作「CROSS FIRE」のアンダーソン神父で間違いなかろう。顔も形相以外は基本的に似ている。
このような、人間とは思えないほど超人的なヴァンパイア・ハンターとしては、上記「ドラキュラ城の血闘」の原作の方におけるヘルシング教授がそうらしい。稲妻を飛ばす、カドケウスの術による回復、スライムの召喚、木の杭を空中に出現させて串刺しにする、など。

カドケウス/Caduceus/上項
ヘルメスの杖にして医者のエンブレム。

私はヘルメス〜/The bird of Hermes is my name〜/3巻P.59
"The bird of Hermes is my name eating my wings to make me tame."(The Ripley Scroll又はScrowleより)。錬金術師であるジョージ・リプリー(George Ripley、15世紀、イギリス)が残した錬金術の写本の一節。彼は後に聖ヨハネ騎士団に所属した。

ノスフェラトゥ/nosferatu/1巻P.81
最古の吸血鬼映画とされる、F.W.ムルナウ(Friedrich Wilhelm Murnau、1888-1931、ドイツ)監督の「吸血鬼ノスフェラトウ(NOSFERATU:EINE SYMPHONIE DES GRAUENS)」(1922年、ドイツ)、また「吸血鬼ドラキュラ」の原語版でも使われており、創元推理文庫P.352の「いわゆる『不死者』」の部分が原語だとnosferatuとなっている。同P.321には「ノスフェラン」とあるが原語ではここもnosferatu。なおノスフェランはnospheranと書く。
映画「吸血鬼ノスフェラトゥ」の吸血鬼は「オルロック伯爵(Clan Vrolok)」だが版権の問題で、これも原作はブラム・ストーカー「吸血鬼ドラキュラ」。ちなみに"vrolok"とは人狼、「吸血鬼ドラキュラ」の冒頭(創元推理文庫P.14)に地元民の囁きとして出てくる単語であり、東欧の吸血鬼伝説は人狼と同一視されている。
ノスフェラトゥは語源がよくわからない言葉であるらしい。ルーマニア語とされるが単語の構造が間違っているとか(即ちルーマニア人に理解できない)。基本的に「吸血鬼ドラキュラ」が初出になるようだが、その参考文献であるエミリー・ジェラード(Emily Gerard、1849-1905、スコットランド)の「森の彼方の国(The Land Beyond the Forest)」(1888年)からの引用であるともされており、彼ら語学研究者でないイギリス周辺の作家らが間違って作り出してしまった言葉というのが真相のようだ。意味は「死に損ない」といったところらしいので、アンデッドと同じ言葉と見なしてよさそうだ。

ミディアン/midian(s)/1巻P.57
クライブ・バーカー(Clive Barker、1940-、イギリス)監督の映画「ミディアン 死霊の棲む街(NIGHTBREED)」(1990年、アメリカ)から来ているらしい。ミネソタ州に実在する街の名前で、劇中では闇の種族が住まう地下世界があるとされる。
ほか、出エジプト記で触れられている、アブラハム(Abraham)とケトラ(Keturah)の六男。この場合「ミディアン人」とはミディアンの子孫ということになり、大抵の場合イスラエルの敵として登場する。

フリークス/freak(s)/1巻P.27
奇形、変わり者、転じて熱狂する人(「〜フリーク」)。ヘルシングの中では常に「化物」の文字が当てられているが、ホラー的な意味として「フリーク」が使われたのは、トッド・ブラウニング監督の「フリークス(Freaks)」(1932年、アメリカ)が最初と思われる。これは奇形の人達の見せ物小屋を描く作品で、出てくるのは全て奇形の純粋な人間であり、彼らの仕事を映し出しているに過ぎない。肉体以外に欠けるものがない、いや彼らは元々その身体であり、その身体の中で完全な健常者であるという視点は、差別があった時代にして先進的である。映像的にはゾンビものの定番、「腕や頭や足を失いながら追いかけ迫ってくる恐怖」のような表現がこの作品で既に使われており、人間を描いているというのに、なんだか複雑な気分ではある。監督は出演者と打ち解けるのに成功していたというから、まあ良いのだろう。

リジェネーション/regenation/1巻P.165(P.144にてリジェネーターとして初出)
自己再生能力、元々はテーブルトークRPGで死んだプレイヤーを蘇らせる魔法であったらしい。どうやら正しくは"regeneration"で、これなら「再生成」と訳せるのでうなずける。こちらの場合、ロマンシング・サガ(RPG、スクウェア、1992-)などのゲームに登場する白魔法。

クロムウェル発動/Cromwell Approval/2巻P.85
「アンチキリストのくそフリークス共」を描く作品であれば、このクロムウェルとはイギリスで清教徒革命を起こしたオリヴァー・クロムウェル(Oliver Cromwell、1649-1658、イギリス)から来ていると思われる。死後に名誉を失い、悪役にされた。特にアイルランドで忌み嫌われ、民話の中には悪魔として登場しさえするらしい。墓が暴かれ頭部は転々とする羽目になり、再び本来の墓地に納められたのは20世紀になってからであった。
ところでこのアーカードの能力で出現する使い魔(或いは分身)の中にムカデがいるが、吸血鬼にムカデというのは聞いた事がない。ただ、「吸血鬼ドラキュラ」の豪華版を出版しているところにCentipede Pressというのがある。関係があるのだろうか。

トバルカイン・アルハンブラ/Tubalcain Alhambra/3巻P.108(P.53にファーストネームのみ初出)
まず、「トバルカイン(Tubalcain)」とはレメク(Lamech)とツィラ(Zillah)の息子で、エデンの東方(the east of Eden)「ノドの地(the land of Nod)」に住まう鍛冶屋である。アダム(Adam)とイヴ(Eve)を人間の1代目としたとき、7代目になる人物。
「主よ、カイン(Cain)とレメクの息子たち(つまり自分の兄弟)に、よりよい武器を作るための材料を与えてください。彼らが殺されないために。」と訴えて天より金属を賜り、後にロンギヌスの槍(Spear of Longinus)と呼ばれる武器を作った。この金属は錆びず刃こぼれもしなかったというので、あの銃弾や砲弾を切り弾く彼のトランプを思い出させる。また、ロンギヌスの槍はナチが探索隊を出したことでも有名で、こちらも結びついくる。
一方の「アルハンブラ」だが、最終的に彼の記憶をアーカードに読み出されてしまうということから、ギタリストのタルレガ(Francisco Tarrega Eixea、1852-1909、スペイン)の曲「アルハンブラの想い出(Recuerdos de la Alhambra)」(1899年)を絡ませているかもしれない。ちなみにアルハンブラとはスペインはグラナダにある宮殿の名前。伊達男というのは、シューマン(Robert Schumann、1810-1856、ドイツ)に「スペインの伊達男(Der Hidalgo)」(1840年)という歌曲があるので、これも繋がる。

シュレディンガー准尉/SS-Sturmscharführer Schrödinger/4巻P.83
ナチス親衛隊の階級は一般的な軍隊と異なる部分があるので、SS-Hauptscharführerも「准尉」と訳されるし、共に上級軍曹と訳される場合もある。正確にはSturmscharführerは中隊付小隊指導者、Hauptscharführerは先任小隊指導者となる。
現われたり消えたり、死んだり死ななかったり、誰がどう見ても「シュレディンガーの猫(Schröedinger's Cat)」である。不確定性理論の思考実験に登場する猫。ちなみにシュレディンガー博士(Erwin Schrödinger、1887-1961、オーストリア)が猫を飼っていたかどうかは不明。
ところで、エイプリル・フールネタで、ウィーン大学構内に「シュレディンガーの猫」の銅像が建てられた、などというものがあった。思考実験に出てくる装置そのものの単なる立方体をしており、制作者は「中には猫がいる」と主張した…というスパイスの効いたもので、実に素敵なセンスだ。

ノーライフキング/no life king/1巻P.158
ソードワールドRPG(テーブルトークRPG及び関連商品、1989-、富士見書房他)における最強のアンデッドの呼称とのこと。言葉自体の由来は いとうせいこう(本名・伊藤正幸、1961-、日本)の同名の著作であるらしい。

聖餅/英語wafer、ラテン語hostia/4巻P.98
キリスト教の儀式で用いられるパンのこと。カトリックの場合、イーストを使わないものを使用する(イーストを使わなくなるのは時代が下ってからとも言われる)。イエスの血と肉といえばワインとパンであり(新約聖書マタイ福音書26章26〜28節)、イエスの本質である聖体を受け入れるための器となる極めて神聖なもの。
餅と訳されるぐらいなので火を通さないのかとも思ったが、そうではないらしい。「吸血鬼ドラキュラ」にてヘルシング教授が棺の封印などに使用しているが(創元推理文庫P.313)、「薄べったいウェハーのようなもの」「両手で粉々に砕き」と表現されているので乾いたもののようだ。なお、このシーンで「スコットの小説に出てきそうですな」とキンシー・モリスが言うのは作家・詩人ウォルター・スコット(Sir Walter Scott、1771-1832、スコットランド)のこと。
この言葉が出てくる台詞「彼女の聖餅跡」は「吸血鬼ドラキュラ」でミナ・ハーカーの額に乗せた聖餅のこと。創元推理文庫P.432のシーンでジューッと肉に食い込んだ、とある。この台詞もほのめかしているが、ミナ・ハーカーは無事に人間として助かっている。スティーブン・ノリントン(Stephen Norrington、1964-、イギリス)監督の映画「リーグ・オブ・レジェンド/時空を超えた戦い(The League of Extraordinary Gentlemen)」(2003年、アメリカ)にて吸血鬼として登場させられているが、ブラム・ストーカーのストーリーに反しており、キャラクターだけを使った作品と言えるだろう。

我々は進撃する、イギリスへ、イギリスへ向かって/Denn wir fahren gegen Engelland, Engelland./4巻P.154
ヘルムス・ニール(Herms Niel/Ferdinand Friedrich Hermann Nielebock、1888-1954、ドイツ)作曲、ヘアマン・レーンス(Hermann Löns、1866-1914、ドイツ)作詞のドイツ軍歌「イギリス進軍歌(Das Engellandlied)」(1914年)より。第一次世界大戦の時のものだが、第二次世界大戦のロンドン空襲などでも歌われていたのだろうか。

第二次あしか作戦/Zweiten Unternehmen Seelöwe/4巻P.198
第一次は何者かというと、第二次世界大戦のイギリス本土上陸作戦。「ゼーレーヴェ作戦」「シーライオン作戦」とも。1940年に準備されたが、前段階で制空権を充分に確保できず、実施に移すことはなかった。西方戦線で活躍し、この作戦でも主役となるはずだった空挺部隊は翌年、クレタ島において初の空挺部隊のみによる作戦が試みられ、作戦自体は何とか遂行するも甚大な損害を出し、これを境に大規模な運用は行なわれなくなった。

ライミー/limey/4巻P.177
イギリス水兵の蔑称。船乗りにつきものの壊血病予防のため、ライムを飲ませていたことに由来する。イギリス人全体の蔑称としても使われるのだろうか。

アドラー/Adler/4巻P.185
ドイツ語で「鷲」、ドイツの国鳥。元はブランデンブルク州の紋章。ヴェストファーレン条約(1648年)によりバラバラにされたドイツが統一していく中で、ブランデンブルク(1618年にプロイセンを併合したブランデンブルク=プロイセン)が中心となったことから、引き継がれて後に国のシンボルとなった。
ドイツ海軍で「アドラー」の名を持つ船はというと、第一次世界大戦当時に経済封鎖への対抗として配備された船の中に、ゼーアドラー号(Seeadler)という帆船があった。帆船はエンジンがないので物資の乏しい中では最適であり、また軍艦に見えにくいので臨検をパスしやすいという狙いだった。イギリスの商船を多数拿捕、しかも損害ゼロという戦績を納めた。

Wie lieben Freunde! Sein Amt auf von jetzt!/3巻P.96
英語に機械翻訳すると"How dear friends! The office on from now!"、「ご機嫌よう、今から仕事を始めよう」という感じか。考えてみれば場所がブラジルなのだから話すべきはスペイン語なのだが、ミレニアムの誰かに聞かせるためか、或いはアーカード(即ちドラキュラ)が東欧の人だからか。

最後の大隊/Letzte Batallion/4巻P.42
アドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler、1989-1945、オーストリア)のラジオ演説に出てくる単語だった模様。ヨーロッパ戦線末期の1945年2月25日、来たるべき東西対立(冷戦)の中でのドイツの役割を語っており、そこでドイツのことを最後の大隊と呼んでいる。なお終戦後、南米でUボートが発見されるなど、ドイツ〜南米の輸送ルートは戦後しばらく存続し、ヒトラー生存説の根拠にもなった。

イェニチェリ軍団/Yeniçeri/8巻P.34
オスマン帝国が誇るスルタン直属の精鋭鉄砲隊である。ジャニサリー(Janissaries)とも。14世紀に始まり16世紀にスレイマン(Kanuni Sultan Süleyman、1491-1566、在位1520-1566)によって完成した。やがて近代軍隊の時代が来るまで猛威を振るい、恐怖の代名詞として君臨した。
キリスト教徒の少年を徴集し、イスラムに改宗させて厳しい訓練を施し、さらに選抜がなされてこのイェニチェリに配属された。オスマン帝国には他にも主力の異教徒部隊があり、トルコ人自身の部隊よりも強かったどころか、トルコ人が入隊するようになって衰退したぐらいだったりする。
戦鍋旗(カザン、kazan)とあるが、実際に野戦鍋を掲げていたらしい。打ち鳴らすこともあったようだ。さらに帽子にはスプーンが飾り付けられ、日本語で言うところの「同じ釜の飯」つまり団結力を誇示した。ただし「カザン」が「戦鍋旗」であるとのソースは発見できず。イェニチェリの旗であるのは間違いないようなのだが。

伍長に鉄十字章を/5巻P.150
鉄十字章はドイツ軍の勲章。伍長というのは第一次世界大戦当時に伍長だったアドルフ・ヒトラーのことを言っていると思われる。

ヴェアヴォルフ/Werewolf/4巻P.83
ドイツ語読みで人狼のこと。英語でワーウルフ。ナチスが1944年に始めた、ヒトラーユーゲントを中心とするゲリラ作戦でもある。実際に編成されたが命令系統が働かず、散発的なものに終わった。部隊も1945年4月に実質解散となった。もっともゲリラ作戦であるので、ヴェアヴォルフ本隊以外にも放送などに扇動された一般市民による破壊活動も行なわれている。
ノスフェラトゥの項に書いたが東欧の吸血鬼伝説は人狼と同一視されており、ナチスの数々のオカルト関連エピソードの中でも特に吸血鬼と結びつけられるものだと推測される。

ジーク・ハイル/Sieg Heil/4巻P.86
「勝利万歳」、ナチスの宣伝大臣ヨゼフ・ゲッペルス(Paul Joseph Goebbels、1897-1945、ドイツ)が使わせた文句。めでたい言葉の重ね合わせ。日本では「ハイル・ヒトラー」の方が有名だが、こちらは「ジーク・ハイル」大合唱の締めとして使われており(また直接相対する場合にも使われる)、大衆が叫ぶ言葉の大半は「ジーク・ハイル」である。

硬化テクタイト/tektite/8巻P.55
宇宙戦艦ヤマト等の松本零士作品、他にはそのパロディになるが不思議の海のナディアに登場する強化ガラス。
テクタイトという鉱物は実在し、黒曜石のようなガラス質のもの。ガラス質なので形成には熱が関わると考えるのが自然だが、隕石自体である、又は隕石の衝突による熱でできたと諸説あり、未解明の部分が多い石。溶岩成分が見られないので火山でできたものではない。

ジャッカル/Jackal/2巻P.14
フレデリック・フォーサイス(Frederick Forsyth、1938-、イギリス)の小説「ジャッカルの日(The Day of the Jackal)」(1970年)より。

ジャッカルの精/The Jackal spirit/5巻P.7
P.9に二番目に出てくるのが前項「ジャッカルの日」をフレッド・ジンネマン(Fred Zinnemann、1907-1997、アメリカ))監督が最初に映画化(原作と同じ「ジャッカルの日(The Day of the Jackal)」)した際の主演エドワード・フォックス(Edward Fox、1937-、イギリス)。P.7の最初から出てくる語尾が「〜ウィリス」の方は言うまでもなくブルース・ウィリス(Bruce Willis、本名Walter Bruce Willison、1955-、西ドイツ)で、マイケル・ケイトン=ジョーンズ(Michael Caton-Jones、1958-、イギリス)監督による映画リメイク「ジャッカル(The Jackal)」で主演している。このリメイクは評判が芳しくなく、ストーリーも原作を無視しており、従って「そいつはニセ物だ」ということになる。

523年前/9巻P.13
アーカードはドラキュラ即ちヴラド三世であるから、これは没年1476年のことであろう。逆算すれば作中の時間は1999年となる。本作の連載開始1997年(ヤングキングアワーズNo.27)よりは未来の話になるが、世紀末を描いた作品ということになるだろうか。

1944年9月のワルシャワ/9巻P.68
本作外伝「ヘルシング THE DAWN」のことであり、ようやく出来損ないの食人鬼(グール)を作ったばかりの少佐らと、少年ウォルター・なぜか少女姿のアーカードとの戦いを描いている。
世情としては第二次世界大戦でドイツ占領下のポーランドで起こったワルシャワ蜂起の頃になる。ソ連軍の進撃に呼応してポーランド軍・市民が武装蜂起、しかしドイツ軍の反転攻勢でソ連軍は近付けず、孤立無援のまま鎮圧された。その中でドイツ軍の一部部隊による虐殺が行なわれてしまい、粛正による対処もあった。蜂起は8月頭に開始され、10月頭に完全に鎮圧された。このまさしく9月、敗走するポーランド勢力を描いたアンジェイ・ワイダ(Andrzej Wajda、1926-、ポーランド)監督の「地下水道(KANAL/THEY LOVED LIFE/ILS AIMAIENT LA VIE)」という映画もある。
ところで「ヘルシング THE DAWN」では「彼女」と呼ばれる存在が登場している。吸血鬼の研究材料であり、「狂気と正気が奪い合い蹂躙し尽くした残骸」とのことだが、ドラキュラ関係であるとすればルーシー・ウェステンラの遺体かもしれない。

黒犬獣(ブラックドッグ)・バスカヴィル/Black Dog Baskerville/9巻P.108
アーサー・コナン・ドイル(Arthur Ignatius Conan Doyle、1859-1930、スコットランド)の小説「バスカヴィル家の犬(The hound of the Baskervilles)」(1901年)より。子孫の命を奪う魔犬の伝説を持つ貴族の館で起こった殺人事件を描いた物語。シャーロック・ホームズ(Sherlock Holmes)の復活作であり、シリーズ中でも非常に評価の高い一編。
黒い犬はケルトやゲルマンに起源を持つといわれ、民間伝承の中で死の前兆となる不吉な存在として伝わっている。燃え盛る目を持つ巨大な犬であると想像され、バージェスト(Barghest)、ブラックシャック(Black Shuck)が比較的有名。ギリシア神話のケルベロス(Cerberos)に代表されるように、古くから犬は死を象徴するものでもあった。自然と戦ってきたヨーロッパ人にとって、犬の遠吠えは人外の世界を宣言するものに聞こえたことだろう。犬は人間の友である、が、それは飼い犬の話なのである。


聖書関係の台詞

"If anyone does not love the Lord Jesus Christ, let him be accursed. O Lord, come!/1巻P.96
新約聖書・第一コリント16章22節「主を愛さない者はだれでも、のろわれよ。主よ、来てください。」

"All flesh is grass, and all the glory thereof as the flower of the field. The grass is withered, and the flower is fallen,"/5巻P.158
旧約聖書・イザヤ書40章6〜7節「肉なる者は皆、草に等しい。永らえても、すべては野の花のようなもの。草は枯れ、花はしぼむ。」

"And the soldiers twisted a crown of thorns"/8巻P.155
さらに"and put it on His head, and they put on Him a purple robe."と続く
新約聖書・ヨハネ福音書19章2節「兵士たちは茨で冠を編み、イエスの頭にかぶらせ、紫の服をまとわせた。」
ところでこれはアーカードの台詞だが、聖書の言葉(聖句)だから吸血鬼は苦手のはず。カーミラも賛美歌で震えていたが、それだけアーカードの弱点が克服されているということだろう。

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